新約聖書の言語

      「ピラトは罪状書きを書いて、十字架の上に掛けた。それには、 “ナザレのイエス、ユダヤ人の王” と書いてあった。 ・・・・・ それは、ヘブライ語、ラテン語、ギリシア語で書かれていた。」(ヨハ19:19-20)
      「さて、エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、信心深いユダヤ人が住んでいたが ・・・・・」(使2:5)

      ヘレニズム・ローマ時代の人々にとっては、二国語併用が普通であって、彼らが使っていたギリシア語は古典ギリシア語とは違う “コイネー”(共通) と呼ばれるものでした。 ヘブライ語といわれているものも実際はアラム語で、旧約聖書のヘブライ語は当時のユダヤ人にとっては死語となっていました。
      ユダヤの地の会堂(シナゴーグ)ではともかく、諸地方に散在しているユダヤ人の会堂では、このコイネーに翻訳された旧約聖書(LXX)が読まれていました。 しかしこのコイネーは紀元前3世紀頃のもので、それに対して新約聖書は紀元1世紀頃に普及していたコイネーで書かれています。 その上、同じコイネーでも LXX や新約聖書のものにはヘブライ語やアラム語の語法の痕跡が当然含まれているのです。

いわゆる原典

      聖書の勉強の中で原典講読というのがありますが、実は聖書には書かれた当時の原稿がそのまま残されているのではありませんから、多くの写本 ・・・・・ 実際には写本の写本の ・・・ さらにまた写本 ・・・・・ を比較検討して作られた “底本” を読むのです。 しかもその底本にもいろいろあるのですから、厳密にはどれも “原典” ではなくて、校訂本なのです。

聖書の勉強と語学

      聖書を本格的に勉強したことのない人は、ヘブライ語やギリシア語を習得しなければ、聖書を本当に理解することは出来ないなどと思ったりします。 でも実際に学習してみると、それは聖書の勉強に必要なたくさんの手段のほんの一つでしかないことが分かります。
      たとえば本格的な注解書を読むにはドイツ語や英語に堪能である必要があります。 定評のあるギリシア語の辞書も英語で書かれています。
      考えてみれば、ドイツ語や英語を通して聖書を勉強するなんて、ちょっとおかしいと思いませんか? でも、ギリシア語で書かれた本格的な注解書、ましてコイネーで書かれた聖書の解説書など存在する訳がありませんから、仕方ないのです。

日本語の聖書

      日本語の聖書の翻訳について、 “これは誤訳だ” などと物知り顔に言う人に出会うと、私のような多少聖書を勉強した者は恥ずかしくなります。 本当の専門家はそんなことは言わないものです。 聖書を翻訳するという仕事は、ただ外国語(ギリシア語やヘブライ語)を日本語や英語に “変換” するような単純なものではないからです。
      現代語の聖書が作られる場合、その信頼性の根拠は、過去2千年間の膨大な聖書の研究の積み上げの上に成り立っているのです。 当然いろいろな時代のいろいろな言語の翻訳聖書が参照され、高度な学問的作業が行われ、これまた当然いろいろな学派や研究の伝統が生まれて互いに競い合うことになります。
      翻訳聖書が何種類もあるからといって、簡単にあれは間違っていて、これは正しいなどと物知り顔に言う人は、自分の無知の恥さらしをしているだけです。

聖書を読む

      日本語の聖書だけでも、これまでにたくさん出版されていて、私たちは簡単に何種類もの聖書を入手することが出来ます。 いちばん代表的なのが日本聖書協会からのものですが、それさえも “文語訳” “口語訳” “新共同訳” その他といろいろあります。
      先ずいちばんの基本は素読と通読です。 ほんの1ページだけ読んで、いっぱしの批評をしているようでは、とても見込みありません。 聖書はそんな簡単な読み物ではありません。
      次の段階としては、特にしっかり学ぼうと思う部分を、いくつかの翻訳を比較しながら平行して読んでみることです。 これはやってみると労は多いがなかなか有益です。 あまり出来のよくない注解書に失望したことのある人なら、そんなものよりもこの方法がいかに実り多いかを知って驚くことでしょう。
      さらにドイツ語や英語が分かる人は、それらの国の聖書とも比較参照して読むと、もっと楽しくなります。 それもいろいろな時代のものがあって、20世紀のものだけでなくもっと古い翻訳も貴重です。 例えばドイツでは今でも多少の改訂を加えてルター訳が出版されていて、その16世紀の翻訳の素晴らしさには心底敬服します。

結 語

      専門家になって、本格的な注解書を読む必要のために、ギリシア語やヘブライ語の原典を参照するというのは、大変レベルの高いことなのです。 一般の人が聖書を学ぶのには、それよりも以前に日本語で出来ることがたくさんあることを、よく理解してほしいと思います。


付 記

      フランシスコ会聖書研究所で翻訳され、サンパウロから1979年に出版された新約聖書は、新共同訳聖書より少し前のもの (従って用いられた底本も少しだけ古い) ですが、大変優れた解説と訳注が付けられていて、聖書の翻訳という作業の深さを知ることが出来て有益です。
      この新約の合本が1979年に発行される前の、分冊で出された頃の各巻の一部が、今でもサンパウロから入手出来ますが、こちらにはかなり専門的な大部の解説と詳しい注が付いています。
      私の意見では、解説や注はあくまで参考にとどめて、むしろ本文そのものを新共同訳聖書などと比較しながら平行して読むことを、おすすめしたいと思います。
       ついに  2011年8月に、フランシスコ会訳の 「聖書(合本)」 がサンパウロから発行されました。  分冊という形で旧新約全巻の翻訳刊行がすべて完了してから、さらにこれを合本化するための訳文と注の見直しに9年をかけて、ついに発行にこぎ着けたものです。用いられたヘブライ語やギリシア語の底本が新共同訳聖書と同じものになり、人名や地名も新共同訳聖書と同じ訳語に統一されました。


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