カトリック教会以外で
洗礼を受けた人々への対応について

【エキュメニズムに関する教令】

      「すべてのキリスト者の間の一致再建を促進することは、聖なる第二バチカン公会議の主な目的の一つである。」(1) と書き始められるこの教令は、カトリック教会と他の諸教会との間に存在する教義、規律、教会の組織に関する種々の相違を認めつつも、 「それにもかかわらず、信仰によって洗礼において義とされた者は、キリストに合体され、それゆえに正当にキリスト信者の名を受けているのであり、カトリック教会の子らから主における兄弟として当然認められるのである」(3) と、非常に明快に宣言しています。

      その根拠は、 「洗礼は、それによって再生されたすべての人間に存在する一致の秘跡的きずなである」(22) という一点にあります。

      この主張にしたがって教令は、 「この聖なる教会会議は信者に対して、一致への真実の進歩を妨害しうるあらゆる軽率と無謀な熱心を避けるよう勧告する」(24) と、その結びで述べています。

※  この教令の趣旨は、 「カトリック要理」 の 84ページ以下の 「教会一致運動」 という項目で解説され、また 2002年に出版された 「カトリック教会のカテキズム」 では 817~822 に収録されています。


【洗礼の有効性について】

      「カトリック要理」 の 168ページ に、次のような説明があります。
      「洗礼・堅信・叙階の三つの秘跡は、一生にただ一度しか受けられません。 これらの秘跡は、それを受ける人に消えない “印章(霊印)” を授け、神秘体における特定の資格を与えます。」

      また 「カトリック教会のカテキズム」 1246 では、だれが洗礼を受けることができるのかとの設問に対して、 「洗礼を受けることができるのは、未受洗者のすべて、かつ未受洗者のみです」 と、答えています。

      キリスト教の他教派の信者が、カトリック教会の交わりの中に移ることを願う場合には、すでに洗礼を受けたという事実、またはその有効性が真に疑わしい場合をのぞいては、再洗礼を要求したり、また本人が再洗礼を願い出ることは正しくありません。 なぜならそれは、その信者をこれまで導き、その信者がこれまで信じてきた主イエス・キリストを否定することになるからです。(カトリック儀式書 [成人のキリスト教入信式] 付録 p.155 参照)


【諸教会の交わり】

      エキュメニカルな意味での諸教会の交わりを求めるという観点から、キリスト教の他教派から来た信者を暖かく迎え入れることは、カトリック教会の基本的な姿勢であると思われます。

      カトリック教会の入門式や洗礼志願式によって 「求道者」 や 「洗礼志願者」 となるのは、未受洗者だけであって、キリスト教の他教派から来た信者にこれを要求することは、適切ではありません。

      しかし、キリスト信者の交わりと一致の源泉である聖体拝領に関しては、カトリック教会自身の内部に異論があり、慎重にならざるを得ないのが実状です。


【カトリック教会に受け入れる場合の手続き】

      キリスト教の他教派から来た信者を、カトリック教会に正式に受け入れるための手続きについては、 「カトリック儀式書 [成人のキリスト教入信式] 付録」 に記載されています。 その中から二点を以下に引用します。

      「カトリック教会に受け入れられるためには、教えの上でも信仰生活の面においても適切な準備が必要である。 ・・・・・ この場合、すでに洗礼を受けているのであるから洗礼志願者と同列に置かれるようなことがあってはならない。」(4)

      「志願者を受け入れるのは司教の権限に属する。 司祭は委任を受けて式を行い、堅信を受けていない者には、その式の中で堅信を授ける。」(7)


【解  説】

      以上で明らかなように、キリスト教の他教派から来た信者を 「すでに洗礼を受けた者として暖かく迎え入れる」 ことと、聖体拝領にも共に与る信者として 「カトリック教会に正式に受け入れる」 こととは、区別して考えなければなりません。 前者は信者レベルで配慮すべき問題であり、後者は司祭と司教が考慮し判断するべき事柄だからです。


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